HNN <ハリネズミねっとわーく>

2008年04月06日

全体と部分

artist file "tanebito" #14 [3/3]  野見山 文宏 さん(生理解剖学講師・鍼灸師 / Unplug-lab Japan



[プロフィール]
1966年、神戸市生まれ。
某大手銀行に就職後、全国トップセールスに輝くほどに都会でのサラリーマン生活を極めるが、 1998年、過労で倒れたことを機に「生きること・働くこと」の意味を考え、退職。東洋医学を学ぶべく鍼灸師へ転身。地球環境や有機農業などを含め大いに学ぶ。
2001年、ホリスティックな治療を学ぶべく、伊豆/安らぎの里へ夫婦で就職。治療と同時に、ヨガ・H養生・呼吸法などの指導を担当。
2005年、「unplug」によって人は変わることをつたえたくて独立。塩見直紀氏の「半農半Xという生き方」に大いに感銘を受け、自然農の畑で食糧を自給しつつ、後の半分は魂の輝く仕事をしようと「里山リトリート」をスタート。
2006年、「日本一わかる!生理解剖学講座」を全国で開催。自然やカラダの素晴らしさを伝える。


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◆ 「インナー脳=本能」と「アウター脳=理性」


___野見山さんは生理解剖学のワークショップを主宰されています。そのワークショップを通して「バランス」ということをメッセージに込めてらっしゃいます。


「アウター」と「インナー」の話ですね。「インナー脳=本能」と「アウター脳=理性」。インナーマッスルとアウターマッスル。どちらも大事で、どちらも否定されるものではない。まさに「バランス」ということに尽きると思います。バランスが良い状態が、心地良い状態なのかなと思います。


___「インナー脳」と「アウター脳」というのは、野見山さん独自の用語ですね。


そうそう、勝手に僕が使ってるだけ。(笑)


___その解釈で、意識と無意識の関係性も説明なさっていました。


インナー脳は本能だと説明しました。本能ってスゴク大事だなと思うけど、僕たちはこうして進化してきた理由がある筈で、アウター脳まで進化して理性が出来た意味というのがある筈なんです。だから、インナー脳もアウター脳も両方とも活かしてあげることが大事だと思います。


___人それぞれで、インナーとアウターのどちらかが優位になります。インナー優位の状態をヤジロベエに、アウター優位の状態を茶筒に喩えてらっしゃいました。


インナーマッスルは「軸」です。でも「軸」だけだと外からの強い攻撃に対して、ゆらゆら揺らぐことは出来るんだけど、もうちょっと安定感が欲しい。そういう意味で、アウターマッスルがあると「鎧」のようにホールドしてくれる。でも「鎧」だけだとガチガチで身動きが取れない。「鎧」は少ない方が良いように思いますけど、最小限の「鎧」があった方が、僕たちは安心して生きて行けるような気がします。


___東洋と西洋の文化についても、それに喩えてらっしゃいました。


「禅」の文化って、削ぎ落とす文化ですよね。余計なものを削ぎ落として行くと、実は内側に素晴らしい光があるんだよ、という考え方です。日本の料理は、余計な味付けをせずに素材の味を大事にしようという方向性です。西洋の料理は、逆にデコレートしてソースで味付けをして行く。 それもまた、両方大事なんだと思うんです。その東洋と西洋が融合されて、まさに「和」の文化です。それが、21世紀の今、起こっていることなんじゃないかなと思っています。


◆ たとえ人類が皆死んじゃうとしても、それが何かにとっての学びだったりする地球レベルの学び、と言うか。


___体のパーツをズームインする視点と同時に、ズームアウトして全体像をみる大切さをおっしゃっていたのは、そういうことにも繋がってきますね。


20世紀後半までは、物事切り刻んで細かく分析して考えて行こうという時代で、しかも時代が速くて、効率化で突っ走って行く。それが行き過ぎると繋がりが見えなくなっちゃう訳です。自動車の高速教習でやりましたよね?高速で走るほど、周りを見渡す全体観が見えなくなる。本当に一点しか見えなくなる。部分しか見えなくなる。そうすると、やっぱり不安だと思うんですよ。かと言って、すごくゆっくり歩いたり立ち止まると全体の繋がりが見えてくるんだけど、その時はボヤッとしか見えないですよね、


だから、ズームインとズームアウト、ゆっくりと速い、全体と部分、その両方を交互に自由自在に行ったり来たりできるようになると、すべてが3Dで見えてくると思うんです。神様がいるとしたら、きっとそんな見方をしていると思います。そんな視点で体や社会を見て行くと、面白いですよね。


___多層的な世界観を持って見ると、どのレベルでも同じようなパワーバランスで物事が回っているように見えてきます。


「フラクタル」ですよね。東洋医学ってそんな考え方を持っていて、部分の中に全体があってそれもまた何かの部分である。手のひらや足の裏に全身のツボがあって、足の親指の中にも全身を象徴するようなツボがあって、マトリョーシカの人形のような入れ子構造になっている。だから、足を一生懸命やれば全身が良くなる、というような説明をしたりする。


そんなことを考えていて思うことは、例えば胃が悪い時にその原因は何かと言えば、胃だけに問題がある訳ではなくて、体全体に問題があってその結果として胃が悪くなっている。じゃぁ、体が悪い原因は何かと言うと、家族間の問題であったり、社会全体の問題であったりする。じゃぁ、その原因は何かと言うと、地球全体のいろいろな問題であったり、環境問題であったりする。結局、どんどん視点をズームアウトして見て行かないと根本的な解決には至らない訳です。


◆ ズームインとズームアウト、全体と部分、その両方を交互に自由自在に行ったり来たり。神様がいるとしたら、きっとそんな見方をしていると思います。


「複雑系」の本を読んでいたら「一隅を照らす」という言葉があって、そういう構造であるからこそ一部分を心を込めて整えていくと他の全体にもそれが波及して行く、ということです。環境のこと、政治や平和のこと、グタグタでどうしようもないと思ったりするんですけど、それは小さな部分の、例えば自分自身の心の平和とか、家族間の平和とか、そこがしっかりしていればそれが波及して行く。


___世界を良くしていこうと思った時に、本質的には一人一人が気づいて変わって行くことが一番力のある変化なのでしょうけれど、伝え手の側として、それが伝わって行くスピードにジレンマを感じることはございませんか?


昔はそれでアツくなって憤っていました。ビーチクリーンにしても、サーフィンの後に毎回ゴミを拾っているのに「なんでゴミがなくならないの?」「なんでみんな気づかないの?」って。それはワークショップでも同じで、こっちが教えてやろうとするほど、伝えようとするほど、変えてやろうと押しつけるほど、まさにアウター脳で肩に力が入ってダメなんですね。(笑)


今は淡々とゴミを拾っています。静かな深い想いは必要だと思います。そうすれば、案外自然に変わってくる気がします。もしも変わらなくても、それはそれで一つの流れなんじゃないでしょうか。


手塚治虫の『火の鳥』の中では、エピソードとしていろいろな地球の在り方が描かれています。争いを繰り返して、核戦争で人類が滅亡しちゃったり、それでもまた地球はやり直して新しい文化を築いて、それもまた崩壊して。それを淡々と火の鳥は遠くから眺めている。火の鳥って全知全能で永遠の命を持った者の象徴なのでしょうが、もし本当に何でも出来る知恵があるとしたら、きっと手を貸すのではなくて自ら学ぶのを淡々と待っているんだろうと思います。


環境問題の話でも、たとえこのまま環境が悪化して行って人類が皆死んじゃうとしても、それもそういう流れなんだなぁと思います。大きな視野で見ると、案外それが良いことだったりするかも知れない。それが何かにとっての学びだったりするかな、と思う。地球レベルの学び、と言うか。


(取材構成/milkyshadows


『soulbeauty.net』 on FMおだわら (78.7MHz) [放送時間] 毎週日曜日 19:00 〜 20:00 / 再放送 翌月曜日 23:00 〜 24:00 ナビゲーター / 下田 もと佳


  
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