2008年2月12日
置き忘れた存在 安住 雄太
頑なに閉じた今を開かない限り、榊原が報われることはない。
人は失うために今を生きる、
事件を解決に導くよりも問いかけたいことがあった。
すべてがあの日に回帰するように、過去は今を問うためにある。
*
敢えて松島は多くを語らなかった。
街灯に佇んだまま腕時計を覗く、
「いいの、このままで?」
呆れるほどに、小木は松島を見た、
ここで起きた事件を唯一知る二人が、背中を向け合ったままに抵抗があった。
本当に向き合う必要があるのは松島自身であることに小木は気づいている。
あれだけ話をしようとした和也を一方的に遮ったのは松島だ、
慇懃な素振りと裏腹に、和也を一方的に突き放す粗暴さが鼻に突いた。
「約束でしょう、早く行きなさいよ」
店に一人取り残された和也は、ぼんやりしている。
小木が戻ってきたことにも気づかない。
吐き捨てるよな口振りに和也は笑みさえも見せる。
「いいんだよ、あれで」
仁王立ちのまま小木は憤慨さえも見せた。
それ以上、和也はなにも答えなかった
*
約束の時間、
初めて見る由紀恵の出勤姿だ。
初々しいさよりも露骨さが目立つ。
突然の電話に由紀恵は嬉しそうであった、あれから数日、由紀恵からの電話に出ることはなかった。
再会より本題、外見より中身。
唐突過ぎるほどの切れ味が松島にはある、
回りくどい前置きよりも本当のことだけを知りたがった。
隙のない口振りは嫌味なほどの冷淡さを漂わせる。
由紀恵は席に着くなり、身を乗り出した、相変わらずの強がりがでる。
けして松島の目を見ることはない、なにも気づかぬ少女のように、無邪気に振舞うだけだ。
溜息が自嘲にさえもなる。
あの時も今日さえ、由紀恵を不安がらせてばかりだ。
はっきり自分の気持ちを伝えない限り、由紀恵の不安が消えることはない。
あと数年で由紀恵は三十になる。
いつまでこの仕事を続ける気があるのか不安に思うときがある。
だからと言って、由紀恵を傍に置く自信もない。
華やかな世界は自電車操業のようなものだ、借りては返す、無限ループの波。
鏡を見るたびに思うことがある。
失い生きるとは若さである、
ときにそれが夢や希望であっても可笑しくはない。
例え老いて醜くなろうと、過去は今を解き明かし続けてくれるだろう。
今日もまた、本題を言えないまま別れの時間が近づいていた。
由紀恵はなにも言わない。
ふと伸びた細い指が松島の指を絡み取った。
一人、店内に取り残された松島は大きく溜息をついた。
今までエスカレーター式に整っていた道筋には答えが決まっていた。
ただ着衣を脱ぎ、素肌になる。
名前さえ、言葉すらも要らなかった。
*
高笑いを続ける声が受話器越しに聞こえる。
してやったりの声に松島は苛立ちの唸りさえもこぼす。
怒気の篭った声が和也の笑いに拍車をかけた、
「どうせ、こんなことだと思ったさ」
押し黙ったままの松島に用件だけを伝えると和也は発信を切った。
保佐人の準備は早急に進みつつある。
ただ頑なに閉じた、榊原が心配であった。ほんの少しの勇気さえあれば人は変わることができる。
落ち着かない朝だ、
泣き出しそうな由紀恵の顔ばかりを思いだす。
ここにある気持ちを北風まじりに、届けて欲しいとさえ願った。
別々の時間、今の俺を笑うだろうか。
見上げた街灯に朝日が映る、
手向けた花束に精一杯の想いを咲かせてみても悲しいだけだ。
独り善がりな自分、
小木が言いたかった言葉を改めて噛み締める。
凭れた街灯に吹き抜けた木枯らしが冬の訪れを教えてくれていた。
凍えるほどの、寒さに震えていたい、
置き忘れた存在が、ここにある限り。
*
見上げた家々の明かりが寂しさに溢れていた頃、必要としてくれた人がいた。
言い訳ばかりを並べたくはない。
眠れぬまま、街灯に佇み続ける今が本当の自分だ。
誰かのために生きてみたい。
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