2008年04月26日
女として 安住 雄太
無駄な時間稼ぎをしたくはなかった、
「諦めたらどう?」
由紀恵を見据える眼に法の矛盾点が見え隠れする。
骨格形が男ならば、それは絶対と言えるのだろうか、
推測を超えた憶測の域に答えなどない。
「産めない女性だっているわ」
苛立ちを精一杯押し殺した声が震えていた、
「産めないなら男ととるのが社会よ」
嘲笑いを向けた小木の腕をとるなり由紀恵を強く振り払った。
「触らないでくれる」
*
頬を腫らした由紀恵と引っ掻き傷だらの小木を見渡すなり言葉が出てこない。
ここを離れてから数時間の間になにが起こったのか、寝ぼけた頭ではさっぱり理解ができなかった。
「とにかく出よう」
時刻は早朝六時を過ぎようとしていた、常勤たちが出向く前に、どうしても立ち去りたかった。
「産むも生まれるも性別だって絶対じゃない、育むことができない人を非難する権利がどこにもないように、性別だってそうよ、当たり前のように性別が振り分けられない時だってある、子供が欲しい家庭には子供が恵まれず、欲しくも無い人たちの間に生まれた子供たちはどうなるのかしら? すべてが揃っていると思ったら大間違いよ」
事件は予想外の思い込みから始まることがある。
親しさの裏返しが金の無心なら、催促する側は当然の権利を主張しようとさえする。
甘えは我がままであって相手側には迷惑極まりないことばかりである。
自己のない欲求は赤子の要求よりも始末が悪い。
黙りこんだまま、由紀恵は車に乗り込んだ。
力加減さえ、分からないのだろうか、
打ち付けられた頬が熱を帯びているのが見てわかる。
今回も、この一件を捻じ伏せるしかないようだ、もちろん小木への保身もあるが、それだけじゃなさそうだ。
「なにか言っていたようだけど」
俯いた由紀恵の顔から表情がまったく読み取れない。
和也は苦笑いをこぼした。
「都合のいい所で遊ぶつもりが、とんだ災難だと思い込んでいるだろうな」
扱いづらい女だと思った、
確かに男であるはずの存在が女にしか見えない。
当てが無いまま、走り出した車は目的地を求め、走りだしている。
一刻も早く、由紀恵を落ち着かせたい気持ちと小木を問い詰めたい気持ちがあった。
「いいんだぜ、怒ったてさ」
思わず、腫れた頬に由紀恵は手を当てた。
「嬉しかった」
思わず、ブレーキーを踏み込むなり由紀恵を見た。
「一番に信じてくれたから」
男ほど痴話に姑息なことはない、
あの時も偶然後を着けただけで不法侵入を企てた訳ではなかった。
後ろめたい疚しさが男の劣情に火を着けただけである。
「加害者意識って言うんだよ」
俯いていた由紀恵の顔が始めて和也を捉えた。
「後ろめたい奴ほど加害者になりたがる、俺は被害者だ、落ち度などなに一つない。自己保身もあそこまで行けば病気だ、だけどさ、それに意地を張るのが女なんだ。だから痴話が殺傷にさえもなる」
由紀恵は黙って頷いた、
和也の言う通り、加害者意識があるとしたら被害者意識だってあるはずだ。
それが、今の顔である。
由紀恵を女として接してくれたのは小木が始めであった。
取調べ室の出来事は警察官として刑事としては失格である。
女だから、必ずしも子供を産める訳でもなければ、子供を愛せるとも限らない。
冷静に考えれば、すべてが当然のことであった。
「だから、殺したのよ」
語る小木の言葉が由紀恵の頬を打った。
「怖い?」
現実を知らしめるほどに頬が打ち鳴ったのがよくわかった。
*
鼻にかかった声ですら、鬼の遠吠えである。
微かに血が滲んだ手を業とらしく見せた。
「それで?」
憮然とした顔を向けたまま和也は小木を見た。
由紀恵と言い、小木もまた本題ばかりをはぐらかす。
深夜の出来事は嫌と言うほど説明をするわりに肝心な一室は闇のなかである。
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